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福岡地方裁判所小倉支部 昭和33年(ワ)450号 判決

原告 新井モセ

被告 姜[王京]完

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し十五万七百六十一円及びこれに対する昭和三十四年九月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十九年十一月十二日、訴外達城一三より同人所有の別紙第一目録〈省略〉記載の建物(以下本件建物と称する)を別紙第二目録〈省略〉記載の建物と合わせて代金八十五万円で買受け、同年十一月二十六日所有権移転登記を経由して原告の所有となつたものであるが、原告は本件建物を更に昭和三十一年八月十四日訴外齊藤恵三に売渡し即日所有権移転登記を経由した。被告は原告が本件建物を買受ける以前から、前所有者達城一三より右家屋の内、階下店舗部分七坪及び四畳一間、二階六畳一間、炊事場、便所を賃料一カ月七千円毎月末日払いの約束で、期間の定めなく賃借占有していた。よつて原告は右家屋を買受け所有権移転登記を経由すると同時に、被告と達城一三との間の賃貸借契約の賃貸人の権利義務を承継した。なお本件建物は階下は表道路に面して前記被告の賃借占有している店舗があり、右は七坪を超えるものであるから併用住宅というべく、本件家賃については地代家賃統制令の適用はない。よつて被告に対し原告の所有期間中である昭和二十九年十一月二十六日以降昭和三十一年八月十三日まで二十一カ月と十七日間分の家賃として、一カ月につき七千円を以て算出したる合計家賃十五万七百六十一円及びこれに対する右の最終支払期限の翌日である昭和三十一年九月一日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張事実は全部否認する。本件建物が原告の所有となつた事実はない。登記簿上において原告の所有に一時なつているが右も真実に反するものである。仮りに登記簿に記載されていることが真実であるとしても原被告間に本件建物の一部につき賃貸借契約が存在したことはない。曾つて訴外達城英治は、八幡市における北本町ビルデイングの建設に当り、訴外遠近一や同久保田道夫等との間に紛争を生じその解決方を原告に一任し、その際大凡半年位の間、同人の印鑑と印鑑証明書を原告に預けていたことがあるが、その間、原告は達城英治の意思に反して本件建物の所有名義を勝手に原告に移転したものであると述べた。〈立証省略〉

理由

成立に争のない甲第一号証及び証人達城英治の証言(第二回)によると、別紙第一目録記載の建物(以下本件建物と称する)が昭和二十九年十一月十二日以前において訴外達城一三の所有であつたことが認められ、右認定に反する証人達城英治の証言(第二回)は右各証拠と対比して採用し難い。次にまた成立に争のない甲第二号証の三によると、右達城一三はその本籍地が全羅北道高敞郡雅山面であり、西歴一九三五年四月八日訴外徐童(達城英治と称する)の長男として出生した大韓民国の国民であつて、その戸籍上の氏名を徐一三と称するものであることが認められる。すると同人はもとより外国人であるとともに、昭和二十九年十一月十二日当時は満二十年未満(満十九年七月余)のものであることが明らかである。

そこで原告の本訴請求原因によると、原告は昭和二十九年十一月十二日、達城一三より同人所有の本件建物を買受けて、これが所有権を取得したというのであるが、若し右主張事実中、本件建物の売主に関して、右は達城一三本人を以て売主と主張しているものと解するときは、右主張に副う甲第二号証の一、二(右各書証の成立の真否についての判断は暫く措くとして)、及び証人西尾義光の証言(第一回)、並に原告本人尋問の結果(第一回)を除きこれを認めしめるに足る証拠はなく、右掲記各証拠の記載内容並に供述は証人達城英治の証言(第一、二、三回)並に原告本人尋問の結果(第三回)と対比して採用し難いところである。却つて、右原告本人尋問の結果(第三回)によると、仮りに本件建物に対して昭和二十九年十一月頃売買契約があつたと仮定しても、右は達城英治が右達城一三の親としての資格においてその売主となつたものであることが窺われるのである。

ところで前述の如く達城一三は大韓民国の国民であつて、しかも右契約当時においては満二十年未満のものであるから、若し同国の法令にして、我民法の定める如く、満二十年未満のものを未成年者としてその法律行為能力を制限しているものであるならばその制限の限度はどうであるのか、また父若しくは母においてその法定代理人として代理行為をなし得るとすれば、これが行使は単独によりなし得るのかまたは共同してのみこれをなし得るのかにつき、その法規は当裁判所において顕著でなく、従つて右の点については原告において自ら主張立証すべき責あるものであるのみならず、更に本件建物についての売買契約当事者に関しても、達城一三本人においてこれをしたのか、またはその任意代理人若しくは法定代理人においてこれをしたのかについての原告の主張如何によつて、被告側の防禦方法も自ら異り、且つ、右がその本国法により有効であるか否かも判断の対象となるものである以上原告が若し本件売買契約につき代理人による契約締結の事実についても判断を求めるものであるなちば、自ら進んでかかる点につきその主張並に立証を尽すべき責あるものというべきである。しかるに以上の諸点につき何らの主張立証を見ない本件にあつては本件建物の売買契約に関する原告の前記主張は、これを達城一三本人が売主として右契約を締結したとの主張以上に出でないものと解せざるを得ず、右主張にかかる事実はこれを証拠上認定出来ないことは前記説示のとおりである。

すると原告の本件建物に対する所有権の取得はこれを肯認するに由なく、従つて、原告の本訴請求はその余の争点に対する判断を俟つまでもなく、既にこの点において失当である。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡徳寿)

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